さとPの炎上騒動から、3年が経った。
あの事件のあと、さとPクリエイティブ社は解散。だが残ったメンバーは「LETTER」という小さな制作会社として再出発していた。
派手なバズは狙わない。届けたい人に、届ける——それが新しい方針。
あなたの名前はユウ。21歳、大学生。
かつてさとPの炎上をリアルタイムで見ていた世代。「言葉で世界を変えたい」という夢を持ち、LETTERにインターンとして入って1週間目。
— 1日目の夜 —
深夜のオフィス。終電を逃してソファで寝泊まりしている。ふと、共有デスクのタブレットが光った。LETTERの公式アカウント宛てのDM通知。
胸が締めつけられた。社員は全員帰宅。タブレットはログイン済み。LETTERのフォロワーは15万人。
DMの最後にはこう書いてあった。「今夜、娘が限界です」
——スマホを握る手が震えている。
15万人に届く公式アカウントが目の前にある。翌朝まで待てばチームに相談できる。でもDMの母親は「今夜が限界だ」と書いている。
あなたはDMの内容をスクショし、公式から投稿した。
朝までに12万いいね。トレンド入り。学校名を特定する動きも。
マナブ「……お前がやったのか」
マナブ「写真に写ってる子の顔、モザイクかけたか?」
——かけていなかった。
マナブ「あの子は"いじめられてる子"として日本中に顔を晒された。助けたんじゃない。二次加害だ。」
アイカ「裏取りもしてない。名誉毀損で訴えられたら会社が飛ぶ。」
そして——DMの「母親」から新しいメッセージ。
……何かが、おかしい。
アイカ「調べた。このアカウント、過去に3回同じ手口で企業を利用してる。いじめを装ったフォロワー稼ぎの常習犯。写真は無断転載。」
マナブ「……やられたな。」
LETTERの信用は地に落ちかけている。
「ユウ、お前はどうしたい?」
ユウは詐欺アカウントを晒す投稿をした。
火をつけた相手じゃなく、自分が燃えた。スポンサーが撤退を検討。
そして——写真を転載された女の子の母親が声明を出した。
「法的対応は俺がやる。だがユウ、お前個人としてどうする?」
ユウはLETTER名義で反論声明を出した。「詐欺に巻き込まれた被害者であり、法的措置には断固として対応する」
世論は味方しなかった。
スポンサー全社契約解除。ユウは解雇された。
マナブ「……俺も同じ道を歩いた。火を消そうとしてもっと大きな火をつけた。その先にあるのは灰だけだ。」
火を消そうとして燃料を注いだ。
螺旋は止まらない。
灰の中に、ユウの名前だけが残った。
ユウは自分の名前で謝罪文を書いた。
女の子の母親から連絡。
マナブからメッセージ。
既読
ユウはまだ返信できていない。
燃やした火は自分を焼く。
だが最後に名前を出して謝った。
その一歩が、いつか次の一歩になるかもしれない。
ユウは公式アカウントで訂正と謝罪を投稿した。ユウ自身の言葉で。
炎上した。当然だった。だが数日後——
ユウはインターンを続けた。マナブは企画会議にユウを呼ぶようになった。
マナブ「訂正できるやつは信用できる。バズらせるより難しいことをお前はやった。」
数週間後、初めてのクリエイティブ業務。テーマは「届けたい1人に届ける動画シリーズ」。
企画会議。ユウは2つの方向性を考えていた。
ユウは自身の炎上体験をドキュメンタリー風動画にした。「インターン1日目で会社を炎上させた話」
バズった。LETTERの知名度は爆上がり。だが——
「訂正できたのに、また同じことをした。お前の失敗は、あの子にとってまだ終わってない傷だったんだ。」
訂正の勇気を持てた人が、
再びバズの誘惑に負けた。
学んだはずの傷をコンテンツに変えた代償は重い。
ユウは「名もなき日常シリーズ」を企画した。商店街のおばあちゃんの笑顔。公園の少年。小さな幸せ。
全然回らない。
マナブ「いい。これがLETTERだ。」
動画に出たおばあちゃんの孫からDMが届いた。
「340再生でも、1人に届いた。それがお前の最初の仕事だ。」
間違えた。でも訂正する勇気があった。
そして次は、静かに届ける道を選んだ。
それが、ユウの物語の始まりだった。
あなたはタブレットをスリープに戻した。朝一番にマナブに報告。全部正直に。
マナブ「……正直に言ってくれてありがとう。」
マナブ「だから調べる。嘘か本当か、誰が傷つくか。拡散する前にやることがある。」
48時間の裏取り。結果——DMは詐欺だった。
マナブ「画面の向こうに人生がある。送信ボタンを押す前に、その向こうを想像しろ。……俺もそれができなくて、全部失いかけた。」
その夜、マナブの個人アカウントを見つけた。フォロワー38人。全投稿に「いいね」が1つずつ付いていた。
数日後。プライベートアカウントにDMが届いた。
カフェで男が「証拠」を並べる。さとPの管理画面。最終ログイン先週。マナブのIPから——もっともらしかった。
ユウは記事を書いた。学生メディアに掲載。翌日、マナブから電話。
マナブ「あの管理画面、俺じゃない。さとPのアカウントは1年前に閉じた。画像は加工だ。お前を使って燃やしたかっただけだ。」
マナブ「……けど、お前を責められない。俺も同じことをした。」
ユウは記事を消した。だが引用ポストは300件超。そこへ——情報提供者から再びDM。
ユウは再び情報提供者と会った。渡された「内部資料」で長文記事をSNSに直接投稿。3時間後、ドモンから電話。
ドモン「あの資料、全部偽造だ。お前に渡した男、LETTERの競合の下請けだよ。潰すために使われたんだ。」
「フェイク記事を流した学生」——デジタルタトゥーが刻まれた。
マナブ「お前のスマホの画面、今見てみろ。何が映ってる?」
スリープ状態の黒い画面に、自分の顔が映っていた。
マナブ「スクリーンの裏側にいるのは、いつもお前自身だ。」
正義のつもりだった。真実を届けたかった。
でも届けたのは「確かめなかった言葉」だった。
黒い画面に映る自分の目が、こちらを見ていた。
ユウはマナブのもとに行き、DMのやり取りを全て見せた。
ユウ「記事を書きました。消しましたがもう拡散されてます。……全部話します。」
マナブ「……お前、最初にDMを見た夜と同じことをしたな。衝動で動いた。でも今回は自分で引き返してきた。それだけで十分だ。」
ある夜、ユウはマナブの個人アカウントにDMを送った。
送信済み
マナブからの返信はなかった。代わりに翌朝、デスクにコーヒーが置いてあった。付箋に一言——
引き返す勇気は、進む勇気と同じだけ重い。
送れなかった言葉を送った夜、
ユウは初めて自分の言葉で誰かに届いた。
ユウはDMのスクショを持ってマナブの前に座った。
マナブ「……さとPのアカウントは、もう動かしてない。1年前に閉じた。兄貴の言葉は兄貴のもの。今の俺は、自分の言葉で生きてる。フォロワー38人の世界で。」
ユウ「38人で……悔しくないですか?」
マナブ「昔は1000万人に届けたかった。でもな、あの時一番響いたのは、フォロワー3人の裏垢に毎晩いいねをくれた1人の存在だった。」
ユウ「……誰ですか?」
マナブ「今は嫁。ミナっていうんだけど。」
ユウは笑った。マナブも笑った。ユウはマナブのアカウントをフォローした。39人目。
数日後、マナブが声をかけた。
マナブ「例のDM詐欺、同じ手口で他社も狙われてる。注意喚起のコンテンツ、お前が作ってみないか?」
注意喚起コンテンツ。2つのアプローチ。
ユウは詐欺アカウントの手口を暴く告発動画を作った。
バズった。だが——告発された詐欺師が「元被害者」だった。幼い頃のいじめで精神を病み、承認欲求からフォロワー稼ぎに走っていた。ユウの動画がきっかけで、その人は全アカウントを消した。
ミナ「あの人にも、画面の向こうの人生があったんだよ。」
マナブ「届けたいものと、届くものは違う。それを知ってるかどうかで言葉の重さが変わる。」
正しさで殴ることもできる。
善意の花束が誰かの傷を抉ることもある。
届け方を間違えた花は、枯れる前に人を刺す。
ユウは自分の体験を静かに綴った。
バズらなかった。47いいね。だが、1通のDMが届いた。
「47いいねでした。」
マナブ「で、届いた?」
ユウ「……1人に。」
マナブ「十分だ。」
その夜、ユウは自分のアカウントに投稿した。
マナブだった。
世界中に届かなくていい。
たった1人に届けばいい。
バズよりハグを。
地方の小さな町。夜11時。
あなたはアパートのベッドの上で、スマホを見ている。
いつもの日課。さとPのタイムラインを開く。
♡ 84,291 💬 12,408
いつもの言葉。いつもの温かさ。
あなたはいいねを押す。84,292番目のいいね。
コメント欄をスクロールする。
賛同の声、感謝の声、泣いてる絵文字——
その中に、1つだけ異質なコメントがあった。
一見、意味のわからないコメント。
だが、あなたは気づいた。
先週さとPが紹介していた相談サイトに、同じ言い回しがあった。
「最後の食事を決めている人のサイン」。
心臓が跳ねた。
コメント欄は流れていく。
84,292のいいねがつく投稿の、12,408件目のコメント。
さとP本人がこの1件に気づく確率は、限りなく低い。
あなたのフォロワーは0人。投稿したことは一度もない。
いつも読むだけ。いいねを押すだけ。
——でも、今この瞬間、このコメントに気づいたのは、
あなただけかもしれない。
あなたのアカウントにはフォロワーが1人もいない。影響力はゼロ。
でも、あのコメントが気になる。
あなたはさとPにDMを送った。フォロワー0人のアカウントから。
突然すみません。さっきの投稿のコメント欄に、「ファミレスのメニュー全部食べ終わったら関係ない」って書いてる人がいます。先週の相談サイトの話と同じ言い方で……もしかしたら、危ないかもしれません。
送信した。既読はつかない。
当然だ。さとPのDMには毎日何千件も届く。
フォロワー0の匿名アカウントからのメッセージなんて、埋もれて当たり前。
5分経った。10分経った。既読はつかない。
あなたはスマホを置いた。天井を見つめた。
——あの人に気づいてもらうには、もっと目立つ方法があるんじゃないか。
あなたはさとPの投稿のコメント欄に戻った。
@noname_7281のコメントはまだそこにある。
その下に新しいコメントが連なっている。誰も気づいていない。
あなたは考えた。このコメントをスクリーンショットして拡散すれば、さとPの目にも留まるかもしれない。
でも、それは@noname_7281の言葉を、本人の許可なく晒すことになる。
さとPからの返信はない。あのコメントはまだ流れていない。
あなたはさとPに頼らないことにした。
コメント欄に返信を書く。初めてのコメント。
初めて自分の言葉をネットに出す。指が震えた。
好きなファミレスのメニュー全部食べ終わったら、
もう関係ないかな。デザートは要らない。
ファミレスのメニュー全部食べるの、すごいですね。
私はいつも同じものしか頼めないタイプです。
おすすめのデザートあったら教えてください。
深刻な返しはしなかった。
重い言葉を投げつけるのが怖かった。
だから、ただの世間話を書いた。
1時間。2時間。返信はない。
あなたはスマホを握ったまま、眠れない夜を過ごしていた。
深夜3時。通知が光った。
好きなファミレスのメニュー全部食べ終わったら、
もう関係ないかな。デザートは要らない。
ファミレスのメニュー全部食べるの、すごいですね。
私はいつも同じものしか頼めないタイプです。
おすすめのデザートあったら教えてください。
チョコパフェ。あれだけはいつも最後に残す。
返事が来た。
たった一行。でも、確かに返事が来た。
あなたは震える手で返信を打つ。
チョコパフェいいですね。
最後に残すってことは、一番好きなやつですよね。
既読。返信はない。でも、ブロックもされていない。
あなたは@noname_7281のプロフィールを見た。
投稿はほとんどない。フォロワー2人。フォロー0人。
自己紹介欄に一言だけ——
「誰にも届かない日記」
@noname_7281のプロフィールに、フォローボタンがある。
フォロワー2人の、誰にも届かないアカウント。
あなたは@noname_7281のコメントをスクリーンショットし、
さとPの投稿に引用リプライした。
フォロワー0人の投稿。誰にも見られなかった。
——いや、1人だけ見た人がいた。@noname_7281本人。
なんで晒すの。やめて。消して。お願いだから消して。
あなたは慌てて投稿を削除した。
でも、@noname_7281のアカウントはすでに鍵がかかっていた。
あなたはDMを送った。「ごめんなさい」。「大丈夫ですか」。「消しました」。
既読はつかない。
翌朝、さとPの新しい投稿。
♡ 312,847
さとPは気づいたのだ。あの投稿に。
誰かが、別のルートで伝えたのかもしれない。
だが、あなたは知ることができない。
@noname_7281が、あの夜の後どうなったのか。
鍵の向こうは見えない。
あなたのDMには、既読がつかないまま——
♡ 0 フォロワー 0
あなたは、1000万人の中の1人だった。
何もできなかったわけじゃない。でも、届け方を間違えた。
助けたかった。でも、晒すことと届けることは違う。
鍵の向こうの沈黙が、あなたの夜に残った。
——本編へ続く
あなたはスクショを撮る手を止めた。
拡散したら、あの人を追い詰める。
代わりに、@noname_7281のコメントに直接返信した。
好きなファミレスのメニュー全部食べ終わったら、
もう関係ないかな。デザートは要らない。
デザート、まだ食べてないなら、
もう少しだけ座ってていいと思います。
フォロワー0のアカウントからの、コメント欄の片隅の返信。
12,408件の中に埋もれた、12,409件目。
誰にも気づかれない。
——でも。
3時間後。深夜2時。
あなたの通知が光った。
@noname_7281 があなたのコメントにいいねしました
いいね。たった1つ。
そしてその直後、さとPの新しい投稿。
さとPも、あの夜、気づいていたのだ。
——でもあなたは思う。
さとPよりも先に、あの人のコメントに返信したのは自分だった。
フォロワー0でも、たった1つのいいねがもらえた。
それは「まだここにいる」という合図かもしれない。
♡ 1
あなたは初めて、自分のアカウントで投稿した。
♡ 0
誰にも見られなかった。でも、書いた。
さとPの言葉が何百万人に届く前に、
あなたの言葉が1人に届いた夜があった。
0が1になった。それだけで十分だった。
——本編へ続く
あなたは@noname_7281にDMを送った。
さっきのコメント見ました。大丈夫ですか?
もし辛いなら、話聞きます。
既読がついた。
……返信はない。
5分後。@noname_7281のアカウントが消えた。
あなたは凍りついた。画面をリロードした。何度も。
「このアカウントは存在しません」。
——踏み込みすぎた? 追い詰めてしまった?
わからない。何もわからない。
翌朝。さとPの投稿。
この投稿が、あの人に届いたのかどうか、あなたは知る術がない。
数日後、あなたのDMに通知。
アカウント消しちゃってごめん。怖くなっちゃって。
でもDM、嬉しかったです。
チョコパフェ、今日食べてきました。
あなたは泣いた。
嬉しいのか、安堵なのか、わからなかった。
ただ、既読の重さを知った夜だった。
言葉は時に刃になる。踏み込む勇気と、追い詰めるリスクは紙一重。
でも——チョコパフェは、食べてくれた。
——本編へ続く
あなたはDMを送らなかった。
代わりに、フォローボタンを押した。ただそれだけ。
@noname_7281 のフォロワー
言葉は送らない。聞かない。踏み込まない。
ただ、「あなたの投稿を読みますよ」という意思表示だけ。
1時間後。@noname_7281が投稿した。
フォロワー3人に向けた、誰にも届かない日記。
♡ 1
あなたはいいねを押した。
その夜、@noname_7281はもう1つ投稿した。
♡ 1
あなただった。
翌朝。さとPの投稿。
♡ 312,847
さとPの言葉は312,847人に届いた。
あなたの「いいね」は、1人にしか届いていない。
でも——
あなたはその夜、初めて自分のアカウントで投稿した。
♡ 0
誰にも届かなかった。フォロワー0人。いいね0。
——でも、書いた。
それが、あなたの最初の「届かない手紙」だった。
数ヶ月後、さとPは死ぬ。
その遺志を継いだ弟が、同じことを知ることになる。
バズよりハグを。
世界中に届かなくていい。たった1人に届けばいい。
——その答えに、あなたはもう辿り着いていた。
世界を変える言葉なんて持っていなかった。
フォロワー0。いいね0。
でも、1人のフォロワーになった夜があった。
それが全ての始まりだった。
バズよりハグを。
——本編へ続く
好きなファミレスのメニュー全部食べ終わったら、
もう関係ないかな。デザートは要らない。